指導者の声開く
アーティストインタビュー “大島 ミチル”
作・編曲家 大島 ミチル インタビュー
数多くの映画音楽やテレビドラマの音楽を手がけている大島ミチルさん。PSTAのテキスト「ピアノスタディ」にも素敵な曲を書いていただいています(ステップ7「ないしょのおはなし」、ステップ11「ギャロップ」)。今回は、大島さん作曲の静岡県「御前崎市の歌」の録音が行われたスタジオで、立ち会われていた大島さんにお話をお聞きしました。(インタビュー:2007年2月17日)
本当にいい先生に出会えた
- 「御前崎市の歌」のレコーディングも無事終わり、お疲れさまでした。曲作りはいかがでしたか。
- 地元の一般の方々が歌いやすいように、音域を広くし過ぎないように、覚えやすいようにと工夫しました。こういうものの場合、詩が先にできているので、その雰囲気を生かすような音楽を付けるように気を付けています。実は、こうした「町の歌」や校歌、時計台の音楽などの作曲の仕事は好きなんです。何十年も歌ってもらえるし、耳にしてもらえるでしょう?
- 大島さんはヤマハ音楽教室の出身ですね。
- 姉がヤマハ音楽教室に通っていたのを見て「私も行きたい」と。最初に入ったエレクトーン教室では、同じ教室の男の子がいつも嫌がって泣いていて、それが辛かったけれど、クラスがかわってからはエレクトーンに集中することができるようになって、どんどん面白くなりました。ヘッドホンをすれば、エレクトーンは真夜中でも練習できますから、時間を忘れて深夜まで弾いていたこともたくさんあります。当時、集合住宅に住んでいたんですが、ずっと後になってから階下に住んでいた人に「ミチルちゃんは夜中まで熱心に弾いていたわね。ペダルの音が聞こえていましたよ」って言われてびっくりしたことがありました。
- その後JOC(ジュニアオリジナルコンサート)にもたびたび出演なさいましたね。
- とにかく楽しい思い出ばかり。JOCのほかにも研修であちらこちらに行きましたけど、泊まるホテルでは、みんなでよく遊んだりして。亡くなった川上理事長のクリニックというのもよく覚えています。いつも「音楽家ではなく、いいお嫁さんになりなさい」って、おっしゃるんです。音楽を楽しみなさい、ということなんですね。また「音楽は模倣ではなく、自分の中から生まれてこそ」という口癖もはっきりと覚えています。私の習った先生方はみんないい先生ばかりでした。生徒に「ああしろ、こうしろ」とは決して言わなかった。書いていった曲をいい悪いで判断しないんです。そして、とにかくいろんなジャンルのさまざまな音楽を聴かせてくれました。中学生の私に、当時の最先端だった武満徹の書いたアヴァンギャルドな作品『ノヴェンバー・ステップス』を聴かせるんですから。だから、私も気に入った曲を、レコードなどを聴いてコピーしてレッスンに持っていってました。弾きたい曲はジャズもロックもラテンも、何でもありなんです。その年齢の時に、ジャンルも何も関係なくたくさんの曲をコピーしたことで、音楽の引き出しがたくさん作れた。それが今の作曲に役立っているんですよ。演奏についても、細かいことは言わない。ミストーンは大きな問題ではなく、その時に何を表現できたのかが重要だって教えてくださった。それでつくづく思うのは、先生の音楽に対する姿勢や考え方は、生徒にそのまま伝わるということ。本当にいい先生に出会えました。
演奏に見切りをつけて作曲に専念
- その後、国立音楽大学の作曲科に進学なさいました。
- 大学を受験しようと思って初めて理論を勉強したけれど、多くのことは感覚的にわかっていました。それはいろいろな音楽を聴き、自分で真似しながら曲を作り、そして演奏したことが大きいんだと思います。演奏家ではなく作曲家を目指したのは、インターナショナル・エレクトーン・フェスティバルで優勝したから。その時に、演奏では自分の力を出し切ったと思ったんです。平部やよいさんなど優れた演奏家もすでにいたし、何よりも自分の演奏技術ではエレクトーンをこれ以上はコントロールできない感じがしたんです。それで、もともと好きだった作曲に専念してみようと思いました。幸いにも、私はエレクトーンで作った音色やいろんなジャンルの音楽の経験が、作曲のアイデアにつながっていきました。大学4年からアルバイトで作曲・編曲するようになって、今に至るわけです。
- 大島さんはピアノも弾けるわけですが、今後、たとえばご自分の作品を演奏する、とうようなことはありませんか?
- ピアノはとても難しい楽器。ギターと並んで、特に手の小さい女性には身体的に無理のある楽器だと思っています。そして、それを弾きこなすための本人の苦労がなかなか伝わらない楽器。私は上手でもありませんし、ピアノを人様の前で弾くことは考えてません。ただ、ピアノもギターも、メロディと和音の両方が演奏できる、1人で完結できる楽器であることは疑いのない事実。そういう意味では素晴らしい楽器だと思います。
映像音楽のスペシャリストでもある
- 仕事はすぐに波に乗り、最も忙しい作曲家のひとりになりました。
- お引き受けした仕事はどれも楽しんでやっています。同じことを繰り返すのが嫌いな性分なもので、次々にいろんなタイプの仕事が来るのを面白がっているんです。ただ、私のような作曲家は新しいことを追い求めないとならなくて、それが蓄積にならないんですね。依頼されて書くという私の仕事には、蓄積しているという自覚がないんです。コンピュータを使って譜面を書く以前の作品は、どこに楽譜があるのかもわからないほどなんです。
- とはいえ、映像作品の音楽では、大きな蓄積を残していますよね。
- 本当にたくさんの映像作品を見てきましたから、それに対する目が肥えたという「蓄積」はあるかもしれません。映像作品の音楽作りにも慣れたと思った頃に出会った森田芳光監督は、新たな世界を開かせてくれました。大きな話題となった「失楽園」なんですが、映像を見てそれに添うようなメロディ・スケッチをいくつか持って行ったら「それは全然違う」と言われてしまって。「僕の過去の作品を見てください」と言われ、何本も見ました。それでわかったのは、映像と音楽の適度な距離感です。うまく説明するのは難しいですが、笑いか涙か、というはっきりした色合いではない、中間色があるのだということ。たとえば同じグレーでも、黒に近いもの、白っぽいものと多様ですよね。それを音楽で表現することを教えていただきました。
純音楽を書くとは思わなかった
- ずっと、依頼されて音楽を書き続けてきた大島さんですが、自発的に、いわゆる純音楽の作品を書き始めていますね。きっかけはラヴェル・カルテットとの出会いだとか。
- 東儀秀樹さんの伴奏のアレンジをした時に彼らが来ていて、うまいカルテットだなと思ったんです。セカンド・ヴァイオリンの人が日本人なので、コンタクトを取るようになった。そのうちにフランスで練習をしているので、聴きに来ないか、という話になりました。どうせ行くなら、お土産に作品を書いてみようと思ったんです。彼らの演奏する姿を想像しながら、無理をせずに書くことができたんです、でも、弦楽四重奏の音楽は、そんなに書いていなかったので、実際にどんな音になるのか緊張しましたが、メンバーはすぐに気に入ってくれました。実は、純音楽作品を書くことは一生ないだろうと思っていたんですよ。でも聴衆の皆さんも喜んでくれたのを見て、自分の書きたいと思うものを書いてもいいんだな、と思いました。
- 大島さんの書く純音楽作品は、メロディがあり、調性感もある、親しみやすいものですね。
- いわゆる現代音楽には興味がないんです。学問的に、研究のために書かれる作品もあって、それはそれで意義があると思いますが、私の書きたい音楽は普通の人たちが普通に聴けるもの。また、メロディというものは、どんなに音楽のスタイルが変わったとしても最後まで残るものだと思っています。音楽家の方々も、ベテランになるほど『こ難しい作品は演奏したくない』と言います。みんな音楽を楽しみたいと思っているんですね。音楽は、愛と平和が形となったものなんですから。
- 最近は、この分野での活動が増えていますね。
- 尺八とカルテットの作品はもう録音しました。今度はチェロ・ソナタをと思っています。年に1枚はアルバムをリリースしていきたい。これからは、映像のための音楽作りは減らしていこうかと思っています。今以上のレベルを保つためにも。プロジェクトで人と組みながら進めていく仕事は、楽しくもありますが、相当にエネルギーを消耗することもあります。さらに、海外も含めたたくさんの演奏家の人たちとのつながりが積み重なってきたので、私がプロデュースのようなことをしてネットワークを作りたいとも考えているんです。ここへ来て、新たな展開が始まって、わくわくしています。
大島ミチル

長崎県長崎市出身。国立音楽大学作曲科卒業。在学中から作・編曲家として活動を始め、映画音楽、CM音楽、TV番組音楽、アニメーション音楽、施設音楽など様々な分野で活躍。在学中に交響曲「御誦」を発表。毎日映画コンクール音楽賞、第24回、第26回、第27回、第29回の日本アカデミー優秀音楽賞受賞。他にも2005年マックスファクタービューティースピリット賞、2006年アニメーション・オブ・ザ・イヤー音楽賞受賞。
主な作品
- 映画:「明日の記憶」「間宮兄弟」「北の零年」「海猫」「長崎ぶらぶら節」「失楽園」「ゴジラ対モスラ対メカゴジラ」「模倣犯」「阿修羅のごとく」「陽はまた昇る」
- 番組音楽:NHK朝の連続テレビ小説「純情きらり」「あすか」NHKスペシャル「生命-40億年の旅」「ショムニ」「ごくせん」「白虎隊」アニメ「鋼の錬金術師」他多数。
新譜情報

エピキュラス・クラシックス
http://www.epicurus.co.jp/classics/index2.html