指導者の声開く
アーティストインタビュー “三浦 友理枝”
ピアニスト 三浦友里枝さん インタビュー
日本を代表するピアニストへと着々と歩みを進めている三浦友理枝さん。数多くの国際コンクールで優秀な成績を収め、この4月には2枚目のアルバムをリリース。華奢な風貌には似合わない、意思の強さと根性を持った人であることが、明解なお話から伝わってきました。
100パーセント出し切れました
- デビュー・アルバムは「印象」と題し、印象派のドビュッシーを中心にフランスの作品で固めたものだった。透明感のある音色と多彩な表現力で、評判も上々。そして今回の2枚目は「エチュード」と題したオール・ショパン・アルバム。
ピアニストとして、ショパンの作品はいつか必ず録音したいと思っていました。でもその一方で、それだけ自分にとっても大切な作品なのだから、ずっと先までとっておきたいという思いもあったんです。お話をいただいて結局は、若い時にしか表現できない演奏を録音していただくという気持ちで臨むことに。そこで、ショパンが若い時に作曲した作品で構成したんです。
- まとまって書かれたエチュード=練習曲には、今回録音した作品10と、録音しなかった作品25がありますね。
「岐阜・サラマンカホール」での
レコーディングの様子録音にあたっては、1つのジャンルをまとめたいとは思っていました。おっしゃるようにタイトル通りに全部を練習曲にすることもできたとは思いますが、聴いてくださる方への配慮というか、エンターテインメント性も考えて、3つの即興曲と幻想即興曲も入れました。即興曲を4曲まとめて録音したものは少ないので、カタログとしても面白いのではないかと思っています。最後は「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」で華やかに締めくくります。トータルで、ピアノのテクニックを聴かせながら、ゆたかな歌心も聴いていただけるように工夫したつもりです。
- デビュー・アルバムが好評だったこともあり、今回は録音にまる4日間を費やすことができたそうですね。
- 本当にありがたいことです。3日ですべて録音できたのですが、4日目は心残りの部分を補うことができました。私の表現したいと思ったことは100パーセント出せたと思っています。それでも世に出た時には賛否両論あることでしょう。もちろんそれをすべて受ける覚悟で臨みました。聴いてくださった方の何パーセントかの人でも「いい演奏だ」と思っていただければ幸せです。実はデビュー・アルバムの録音でもその時点の100パーセントを出し切ったつもりでした。今から振り返ると録音し直したいくらいのものですが、その経験があったればこそ、もっと濃い内容のものを目指すことができたんだと思っています。
- この春、公開中の本格的にクラシックを扱った日本映画「神童」にも出演しているんですよね。
「神童」撮影現場の様子
ある日突然、映画のプロデューサーの方からお電話をいただいたのがきっかけです。最初は2シーンあって、台詞も結構たくさんあったんですが「私はクラシックの演奏家で俳優さんではないので」と我が儘を言って削っていただきました。もし演技をするのなら、そのための勉強をしないと映画を観てくださる方に失礼だと思って。留学が決まった女の子の役でしたので、意思の強さが出るようにと今回のアルバムにも入れた練習曲のなかから作品10の4を選びました。監督さんをはじめ、俳優さんもクラシックの世界を知らない方々ばかりだったので、私からも少しアドヴァイスをしたりして、結構楽しかったです。クラシックに馴染みのない人たちに観ていただいて、親近感を持っていただけるといいですね。
いい環境に恵まれて
- チャイコフスキー・コンクールで日本人初、そして女性としてコンクール史上初めて優勝した上原彩子さんと同門なんですね。
- 彩子さんは1年先輩です。彼女は人生のすべてが音楽に向けられていて、生きる音楽、みたいな人。それはともかく私は現在、ロンドンの王立音楽院に籍を置いていますが、日本を出るまでのピアノのすべてをヤマハで学びました。振り返ってみると、本当に恵まれた環境であったと思います。確かにヤマハのマスタークラスと学校のダブルスクールでしたから忙しくて大変でした。課題をこなすだけで精一杯のところもあって。でもしっかりと学ばせていただきました。ロンドンに留学し音大に入ってから作曲や和声の講議を受けているんですが、すべてヤマハで自然に身に付けてきたことばかり。特に作曲の課題でまわりの人たちが苦労してるんですが、私は自然に曲を作ることができます。そういう音楽の基礎が身体の中に入りこんでるのを実感しています。
- 留学した多くの日本人が先生に「個性が足りない」と言われるそうですね。
- ある作品を弾く時に、自分がその作品から何を引き出すのか、あるいはどう演奏したいのかがはっきりしていないと、そうなりますよね。心の底から沸き上がってくるものを待つよりも、先生から吸収するものの方が圧倒的に多くて、私もそうだったと思います。今、ロンドンで1人、生活から何からすべてを自分でオーガナイズするようになって、演奏に対するアプローチも変わってきました。自分の中から出てくるものを見つめ、深めていくことができるようになった気がしています。上原さんは、そういうことを自然にできる人で、ああいう人を天才と呼ぶのでしょうね。私はひとつひとつ、だんだんと獲得してきたし、これからもそうなんだと思います。
- 今までに挫折感を味わったり、ピアノをやめようと思ったことはありませんか?
- 3歳から毎日のようにピアノを弾いていると、やめてしまうのにも勇気がいるんです。プロとしての仕事が始まって、つくづく大変な仕事だと思います。毎回、寿命が縮むし恥もかくし。でもお客様が喜んでくださるのを見ると、これ以上に喜びの大きい仕事はないとも思います。最終的にはクラシック音楽が好きで、ピアノが好きだから続けてるのかもしれません。
- いずれ後進の指導にあたることもあるでしょうが、ご自身が人を教えることについてはどう考えていますか。
- 自分が指導する立場にたつという自信はまだありません。目の前の先生にリアルに左右された自分がいるのです。人の人生への責任を背負いきれないと思うし、私自身には人間として欠けたところが多すぎるので、人を教えられるとは思えないんです。でもこの間、大学の単位で教育実習をして、すごく楽しかった。もしかして教えることがあったら、それにのめり込んでしまうかもしれないとも思いました。すばらしい仕事だと思います。
難関リーズの挑戦で、ひと皮剥けました
- コンクールでも優秀な成績を収めていますね。昨年は難関のリーズ・コンクールで特別賞を受賞しました。
それこそ寿命を縮めながら受けました。とにかく課題の多いコンクールで準備も大変でした。でも他の参加者の演奏も聴けたし、審査員の方々からアドヴァイスもいただけて、自分の欠点が大分見えてきました。受けることも、準備もすべて自分だけでやりとげて、終わった後に自分がひと皮剥けたような手応えがありました。こらから先、コンクールを受けるかどうかは、考え中です。プロとしての活動の車輪がまわり始めていますし。今せっかくヨーロッパにいるので、こちらでの活動の基盤を作りたいとも思っています。やはりクラシック音楽の生まれた土地、文化の中で暮らすということは、演奏にもいい影響があるようです。でも、日本での演奏活動も増えていったらいいなと思っています。やはり母国ですから。
- レパートリーについてはどう考えていますか?
- ショパンの作品が基本にあります。相性がいいなんて言い方をしたら、ショパンに失礼ですが、実際、そういう感覚なんです。ショパンとだと話が盛り上がり、いつまででも話をしていられる。ショパンの作品は全曲を人前で演奏してみたい。その一方で、まだ話の通じないのがベートーヴェン。室内楽でベートーヴェンの作品に触れる機会ができて、少し近付けた気がしています。室内楽は本当に楽しいですね。
- 近々、ラフマニノフの1番の協奏曲を弾きますね。
- リーズ・コンクールのために準備した曲なんですが、今回、それがまた弾けることになって。有名でよく取り上げられるのは2番と3番ですが、それらにひけを取らない名曲。特にカデンツァが大好き。日本でももっと弾かれていい作品だと思います。共演する指揮の沼尻竜典さんとは、リハーサルの前に演奏を聴いてもらったり、演奏家としてのアドヴァイスなどもいただいています。芸術的な道を全うするために、そして自分の進むべき道を見失わないように。それは一生の課題なのでしょうね。
三浦 友理枝

東京生まれ。3歳よりヤマハ音楽教室に入会、1993年よりヤマハマスタークラスに在籍。フェリス女学院高等学校卒業後、英国王立音楽院に留学。1995年3月 「第3回ゲッティンゲン国際ショパンコンクール」(ドイツ)第2カテゴリー第1位受賞。1999年7月 「第3回マリエンバート国際ショパンコンクール」(チェコ)第2カテゴリーで、最年少で第1位受賞。2001年5月「第47回マリア・カナルス国際音楽コンクール」(スペイン)ピアノ部門第1位、および金メダル、最年少ファイナリスト賞、カルロス・セブロ特別メダルを受賞。2002年ロンドンデビュー、2004年にはウィーン・デビューを果たし、現在はロンドンを拠点に活躍している。エイベックス・クラシックスより2枚のアルバムをリリースしている。