アーティストインタビュー “近藤 嘉宏”

自分が弾きたいと思う表現がいつも頭の中にありました。

ピアニスト 近藤 嘉宏さん インタビュー

クラシック・ピアニストの中で高い人気を誇る近藤嘉宏さん。端正な演奏が人気の秘密です。甘いルックスの中に、ピアニストとしてとても硬派な考え方を持つ近藤さん。ピアノの話になると熱が入ります。いろいろな質問に率直に答えてくださいました。

引き出しを増やし、奥行きを深めたい

  1. 近藤さんはピアニストとして人気抜群ですね。真摯な姿勢でピアノに向かっていることも魅力のひとつ。小さい頃から音楽がお好きだったんですか?
  2. 父はクラシック音楽が好きで、家ではよくレコードを聴いていました。ルービンシュタインの弾くショパン作品、バックハウスのベートヴェン、シフラのリストなど、往年の名ピアニストたちの名録音がたくさんありました。自分では覚えていないんですが、ピアノは、姉が習っていたので自分も、と言ったそうなんです。「バイエル」を弾いていたという記憶がいちばん古いピアノの記憶です。さまざまなレコードを聴きながら、自分も早くショパンやリストが弾けるようになりたいと思っていました。父は、自分の好きなクラシックで、しかし自分の知らないピアノのお稽古という世界への期待があったようで、強引な感じではありましたが、後押しをしてくれていました。

  3. プロのピアニストを目指そうと思ったのはいつ頃ですか?
  4. 本当にそう思ったのは、大人になってからなんですよ。自分はピアノを専門に演奏する人だ、という自意識のようなものはずっとありませんでした。練習も嫌いでしたしね(笑)。でも、自分の好きな作品は、かなり集中して弾いていましたよ。
  5. ピアノを習っていて、やめてしまおうと思ったことはありますか?
  6. 曲がなかなか思うように仕上がらなかったり、努力しても結果がついてこない時には嫌になりました。でも、小学校の高学年の時に、「こう演奏されるべきだ」というのが好きな作品には漠然とあって、いつかそれを自分の演奏として実現できるはずだと思っていました。音楽については自信があったんですよ。作品の全体の構成や魅力を、身体で感じとっていたんです。父の持っていたレコードに加えて、自分でもお小遣いを貯めて買うようになり、とにかくいろんな演奏を聴きまくっていたからかもしれません。その中で、自分が本当にいいと思える演奏をしたいと思うようになりました。でも、どんなに素晴らしくても他人の演奏の真似では、私が弾く意味がないわけですから、借り物を突き抜けたメッセージを持つことができたらいいなと考えるようになっていきました。今は、年齢を重ね経験を積むことで「引き出し」をもっと増やし、さらにひとつずつの「引き出し」の奥行きや深さをもっと持つことで、豊かな表現ができるようになりたいと思っています。

  7. 大人っぽいお子さんだったのですね。
  8. 生意気に映ったと思います。高校の時には、実技の先生と意見が合わずによく議論していました。

  9. 桐朋女子高校に進まれたんですね。今は共学なんですが、「女子」という名前が残っています。
  10. 自分では普通高校がいいなと思っていたんですが、父の強力な意思に負けて、音楽高校に。ここで、自分は将来、音楽に関係する仕事につくべきなんだと思うようになりましたが、一方で自分がピアニストとして活動できるとは思えませんでした。1クラスに男の子が2人しかいないという違和感もありました。でも相変わらず、自分が表現したいと思う音楽への絶対的な自信はありました。イメージにあるその音楽は、頭と手がきちんとつながれば必ず表現できると思っていました。ですから、いつも自分の理想とする音楽と、現実に自分が弾いている音楽との差を感じながら、自分自身との闘いです。

ヨーロッパの空気を吸うことも大切

  1. その後、音楽大学へと進みましたね。いよいよ周囲はライバルばかり……。
  2. 自分自身に勝つことが自分の一番大きな目標でしたし、自分の理想の音楽を弾いていないうちは、他人と競うどころではなかったんです。いろいろなコンクールも受けましたが、他人と競うよりも、自分の理想像を本番で実現させるための機会だと思っていました。

  3. 音大卒業後は、NHK教育テレビでのレッスンによって日本でも人気となったゲルハルト・オピッツさんのもとに留学されました。
  4. 大学1年の時にオピッツ先生が来日され、マスタークラスを受けることができました。その時に先生がぜひ留学しなさいと言ってくださったんです。世界の第一線で活躍しているピアニストに師事できたらいいなと思っていたので、願ったりかなったりでした。でも、こちらの大学をきちんと卒業してから留学したいと思いました。日本で学べることを、きちんと身につけておきたかったんです。
  5. 実際にミュンヘンに行って、どうでしたか?
  6. 先生からはステージでの音楽のプレゼンテーションのあり方を学ぶことができました。それにも増して、ミュンヘンという町からヨーロッパの伝統を感じられたことは大きな収穫でした。自分が向き合っている音楽の生まれた場所で暮らすことで、演奏の際の間の取り方や作品が醸し出す空気感が感じられるようになるんです。レッスンで得られたことを反芻しながら弾いていると、自分をとりまくヨーロッパの空気にインスパイアされるんです。ピアノ演奏の技術的なメソッドは、日本は世界一優れていると思います。でも、そこから先、何を表現するのかを考えさせる空気はヨーロッパの中の方がありました。

  7. ミュンヘンは音楽の豊かな町ですね。
  8. まずバイエルン・オペラは観まくりましたよ。学生チケットなら日本では信じられないほどの格安料金で入場できるんです。オーケストラのコンサートもよく行きました。最後の巨匠とも言われたチェリビダッケの晩年の時期で、ミュンヘン・フィルハーモニーは本当に素晴らしかった。

ピアノは一人で完結できるから好き

  1. 近藤さんの演奏からは、ピアノへの熱い思いが感じられます。ピアノの魅力とは何でしょうか。
  2. 自分一人で完結できるところです。その場で浮かんでくるインスピレーションの表現や即興も、自分一人だから自由自在にできる。すべての音に対するあらゆるニュアンスを、自分だけで叶えられるわけです。他人に気を使わなくて済むのがいいです(笑)。もちろんアンサンブルも大好きですが、必ずしも自分の思ったようにはなりませんよね。またオーケストラとの共演によるコンチェルトは、これもやりがいの大きなことなんですが、自分という演奏家よりも前に作品そのものの魅力が大きく、また細やかなニュアンスや多彩な表現を試みても、大きな音量のオーケストラに埋没してしまうことも多いんです。ピアノ演奏は、それだけで好きですが、強いて言えばソロがいちばん好きです。

  3. 今年40歳となりますね。留学もあってデビューは遅かったですが、演奏家としてはベテランから円熟へと向かう時期。
  4. 実は昨年、奏法を根本から見直して、大きく変えたんですよ。本番ではとても緊張するタイプで、いつも余計な力が入ってしまっていたので、それを改善したいと考えていたんです。緊張がマイナスにならないような、よく言われることですが「脱力」の奏法です。1年間は苦しかったんですが、音の質感が良くなり、音楽で遊ぶ余裕もできてきました。今年は「ピアノ三大作曲家 名曲探訪の旅」と題した、3回にわたる大きな企画を立てました。6月はリストの作品、9月はベートーヴェン、そして10月にはショパンで、それぞれ固めたリサイタルです。それを成功させるためにも、昨年の「改造」は、とても良かったと思っています。

一から十まで教え込まない方がいい

  1. レッスンを受けてきた立場の一人として、ピアノ・レッスンに対するお考えを聞かせてもらえませんか。
  2. 公開レッスンでしか教えていないので、偉そうなこと言える立場ではないのですが、生徒の自由な意思も尊重することはとても大事だと思っています。一から十まですべてを教え込んでしまうと、教えられた本人の音楽はどんどん小さくなっていってしまう。形を決めて教える方が、先生にとっては安心なのはわかるのですが、それでは生徒の自主性が育たなくなっていく危険があるのではないでしょうか。ポイントだけを教えて、あとは生徒の自由にさせることができるといいなと思っています。もちろんテクニックに関することはきちんと教え込む必要もありますが、その上で、楽しんで音楽と向き合えるような雰囲気をつくれるといいなと考えています。私はヤマハの音楽教育については門外漢でしたが、非常に緻密なシステムが構築された、すばらしいものだと思います。

近藤 嘉宏

1968年川崎市生まれ。4歳からピアノを始める。桐朋女子高等学校(共学)を経て桐朋学園大学を卒業。江戸弘子、ジェルジ・シェベク等に師事。87年、日本音楽コンクールで第2位入賞。91年ミュンヘン国立音楽大学マスタークラスでゲルハルト・オピッツに師事。ミュンヘン国際コンクールで入賞。92年ミュンヘン交響楽団との共演でデビューし大成功をおさめる。95年、日本で正式にデビュー。翌96年、2枚(種類)でのアルバム・デビューを果たす。これまでにショパン、リストの作品やベートーヴェンのソナタ、ラヴェルのピアノ協奏曲など、20枚を超えるアルバムをリリースしている。ソロ・リサイタルだけでなくオーケストラとの共演でも活躍。2004年にはカーネギーホール、06年にはウィーン・ムジーク・フェラインと海外の主要ホールにもデビューしている。