アーティストインタビュー “浦壁 信二”

その子の性格や個性を知ることから始まると思っています

ピアニスト 浦壁 信二さん インタビュー

ソリストとしてだけでなく、デュオや室内楽で引っ張りだこの浦壁信二さん。演奏者として多忙な日々を送る傍ら、ヤマハマスタークラスでは講師としても活躍されました。このクラスは、チャイコフスキー・コンクールで優勝した上原彩子さん、プロとして本格的活動を始めた三浦友理枝さんなどを輩出し、世界的にも注目を集めています。

音楽の本当の喜びをJOCが教えてくれた

  1. 浦壁さんの演奏からは、音楽への深い愛が感じられますね。やはり小さい頃から音楽的な環境があったんでしょうか。
  2. いいえ、特に特別なことはなかったんですよ。ただ、母は歌が大好きで、いつも歌っていましたね。僕は、お腹の中にいた時からその歌を聴いていたと思います。
  3. ヤマハ音楽教室には4歳から通ったんですね。
  4. どういう理由かはわからないのですが4歳年上の兄が通っていたので、自分も行きたいと言ったらしいんです。最初から楽しかったんですが、僕はとても不器用で。2年コースでしたが、1年間通ってみんなと同じようなことがやっとできるようになりました。兄はエレクトーンを習っていましたが、僕はピアノを。しっかりと練習するよりも「遊び弾き」しているのが好きでしたね。
  5. 他にお稽古ごとはしていたんですか?
  6. ヴァイオリンやバレエにも興味がありましたが、続いたのはピアノだけです。でも練習するのが嫌いで、母にはよく「そんなに練習したくないなら、止めなさい」と言われてました。発表会で弾くことになっても、なかなか練習しなかった。追い込まれないとなかなかできない性格なんですね(笑)。言い訳ではありませんが、男の子にはこういうタイプが多くて、追い込まれないとエンジンがかからない。でも、発表会の舞台の上で大化けしたりする。その子のレベルでは考えられないような演奏をしちゃったりするんですね。女の子は地道に努力を積み重ねて、発表会も無難にこなすタイプが多い。
  7. JOC(ジュニアオリジナルコンサート)にも参加するようになっていきましたね。
  8. 自分で曲を作り、自分で演奏するのがJOC。そのためのレッスンは、いつものレッスンとは違って、実験的なことや新しいことへの挑戦など、いろいろと遊ばせてもらえました。自分の創意工夫を舞台に乗せられるのが嬉しく、楽しかった。自分で作った曲を自分で弾くことの大きな喜びを味わいながら、いろんなことを学ぶことができたと思います。
  9. JOCでは今年惜しくも亡くなった巨匠ロストロポーヴィチと共演をしているんですよね。
  10. 共演するというので、近所の人が彼のレコードをくださったりして、凄い人なんだと思ってお会いしました。なんだか辞典の中の人とお話ししているような、不思議な感じでしたが、その存在感の大きさには圧倒されていました。でも、いつも温かく気さくに接してくれました。リハーサルも丁寧にしてくださいました。それはどの子にも同じ。亡くなって、歴史に名を残す人と共演できた幸せを改めて感じています。
  11. その後、都立芸術高校に進まれました。ピアニストを目指されたんですね。
  12. 作曲科に入ったんですよ。先生からは作曲を専門に勉強してはどうかと勧められたこともあります。当時は自分がどの道を進んだらいいのか、よくわかりませんでした。ちゃんと考えられるようになったのは、留学先で20歳になった頃です。
  13. パリ音楽院に留学したんですね。
  14. 性格や嗜好を考えると、アメリカよりはヨーロッパの方が合うと思ってましたし、もともとフランスの音楽が好きだったのですが、85年にJOCでフランスに行く機会があって、気に入ったんです。フランスを代表する作曲家で指揮者でもあるブーレーズが、フランスの音楽界を席巻している時で、コンサートでも現代作品がたくさん取り上げられていました。驚いたのは、八百屋のおばさんみたいなフツウの人々が、現代作品のコンサートに自然に足を運んでいることでした。音楽文化の層の厚さを実感しました。そんな中で、自分は作曲だけをするよりも、音を出す現場が好きなんだということに気付きました。和声やフーガ、対位法といった作曲法を学び、それを身に付けて作曲することも嫌いではありませんでしたが、他の学生たちの新作を演奏したり、室内楽や伴奏をする方がずっと自分には合っていると思うようになっていきました。

  15. オルレアン20世紀音楽ピアノ・コンクールで優勝し、まずヨーロッパでピアニストとして活動を始めたんですね。
  16. フランスを拠点に勉強し活動することで、フランス音楽演奏のノウハウを身に付けることができたのはいいのですが、特にラテン系の国々での活動では実践的に鍛えられました。演奏の依頼があって出かけていくわけですが、現地に着いてみると本当にコンサートがあるような気配すらなかったりということをはじめ、調律がおかしいなどどいうのは序の口で、まともなピアノがないということも。そんなとんでもない状況の中でも何とか本番をこなす、ということを積み重ねることで、精神的にタフになったと思います。

ピアノは魅力的な楽器

  1. 作曲家ではなくピアニストという道を選んだわけですが、ピアノの魅力とはなんでしょうか。
  2. まず、音色そのものが魅力的ですね。音域が非常に広く、ダイナミックレンジも大きい。自分ひとりで最大10個の音を同時に、しかもすべてを自分のコントロールのもとに出せる、というのも。ソロで弾く世界も大きいが、室内楽や伴奏でも活躍できるのもいいですね。

  3. 浦壁さんは、アンサンブル・ピアニストとしても引っ張りだこですね。
  4. ありがたいことです。ピアノは鍵盤を叩いた瞬間から後から音が減衰していく楽器ですが、弦楽器や管楽器、歌などとの共演では持続音を自分の演奏に取り込むことができて、とても気持ちがいいんです。日程的に不可能でなければ、アンサンブルの仕事は引き受けさせてもらっています。忙しくても、自分の気持ちがオンの状態で保つことができれば、楽しんでできるんです。
  5. 弦楽器や管楽器の譜面はピアノに比べるとシンプルに見えますが、たくさんの音を担当するピアノの譜面は、読むだけでも大変な作業ですよね。
  6. でも、弦楽器や管楽器の人たちは、ひとつの音を作ることそのものが大変だ、とも言えますよね。極論ですが、ピアノは鍵盤を押せば音がでるわけですから、最終的な労力としては変わらないようにも思います。
  7. ソリストとしては、今年2月にトッパンホールでリサイタルをなさったのが記憶に新しいところです。
  8. 20世紀の音楽とバッハを組み合わせたプログラムにしました。現代の音楽といわゆるクラシック音楽には断絶があるように感じていて、その隔たりを近代の作品で埋められないかと思っているんです。近代の作品には評価の定まっていないものも多く、もっと頻繁に演奏されるべきだと思う。僕自身近代の作品が好きで、弾いていて心地いいということもあります。準備も舞台での集中もきつかったけれど、楽しいリサイタルでした。

まずは、ちゃんとあなたを見ていると分かってもらうこと

  1. 演奏家としての活動に加えて、ヤマハマスタークラスなどでレッスンもされていましたね。生徒と接する時に気を付けていることはなんでしょうか。
  2. 生徒と同じ目線を持つことが大切だと思うんですよ。端から見ていると何でこんなことができないのかと思うものなんですが、その子の目線になってみるとその理由がわかってくる。特に小さい子には、説明をわかりやすい言葉にすることも大切。だから専門用語の使い方には気を付けないと。専門用語が共通言語となっていない生徒との、言葉によるコミュニケーションは難しいですね。また、必ずしもうまくはいかないんですが、自分の音楽観を生徒に押し付けないようにも気を付けています。その生徒の演奏に自分が同意できなくても、その子独自の音楽であれば受け止めて、その子の個性を伸ばすこと。生徒が自分にとってはあり得ないようなことをしても、後になって納得できることも多いんですよ。実はこれはデュオやアンサンブルでも同じで、合わせている現場では理解できなくても、後でわかるようになることは結構多い。取り敢えず飲み込むことで自分を広げることができるんです。

  3. 生徒を誉めることも大切だと聞きますが。
  4. その誉めどころをどのレベルに設定するかは難しいですね。レッスンは限られた時間ではありますが、たとえば3小節でも共に時間を割いて繰り返し弾いて、その場で「できた!」という感覚を共有することで、生徒のやる気を引き出す、という方法もあります。その3小節が弾けるように練習してきなさい、と宿題にしてしまわない。また、同じ曲をレッスンしていても、具体的な弾き方を説明した方がいい子、例え話で説明した方がいい子がいますよね。先生が自分の言っていることを生徒に理解させるように努力する、というよりも、その子の個性や性格を知った上で対処を考えるということが重要だと思っています。先生はいつでもあなたをちゃんと見ているよ、と生徒にわからせることが基本ではないかと。

浦壁 信二

1969年10月生まれ。4歳からヤマハ音楽教室に学ぶ。81年JOC(ジュニアオリジナルコンサート)国連コンサートに参加し、故ロストロポーヴィチ指揮ワシントン・ナショナル交響楽団と共演。その他にも各地で自作曲を多数のオーケストラと共演する。85年、都立芸術高校音楽科に入学。87年フランスのパリ音楽院に留学。和声、フーガ、伴奏で一等賞、対位法で二等賞を得る。94年オルレアン20世紀音楽ピアノ・コンクールで特別賞を得て優勝。ヨーロッパでリサイタルを行う。ヴェラ・ゴルノスタエヴァ、イェルク・デームスにも師事する。96年2月フランスでCD「スクリャービン:ピアノ曲集」をリリースし、好評を得る。現在は室内楽、伴奏でも活動を展開している。2003年、アウローラ・クラシカルから「ストラヴィンスキー・ピアノ曲集/ペトルーシュカ」をリリースした。