アーティストインタビュー “藤原 亜美”

レパートリーの枠を、取り払っていきたい

ピアニスト 藤原 亜美さん インタビュー

独奏者として、知られざるピアノ曲を積極的に取り上げ、一連のレコーディングでも高い評価を得ている藤原亜美さん。さらに、著名な管楽器奏者たちの伴奏や室内楽の分野でも活躍し、現代音楽のアンサンブルの一員としても、すばらしい演奏を繰り広げるなど、多彩な演奏活動を展開しています。

たくさんの刺激や影響を受けたグループレッスン

  1. ヤマハ音楽教室に通い始めたのは、なにかきっかけがあったのでしょうか?
  2. 母の知人がヤマハの先生でした。いずれ習わせようという流れで、幼児科からずっと習い続けていました。

  3. グループレッスンの際に、一緒にレッスンを受けていた子を意識しましたか?
  4. とにかく、最初の頃は、楽しくてしかたがなかったです。ジュニア科くらいの年齢であっても、例えば、他の子がどんな曲を作ってきたかとか、どういう即興をするのかといったことには、興味がありました。そういうことは、1対1のレッスンでは、わかりませんから、たくさんの刺激や影響を受けたと思います。
  5. 音楽の道に進もうと決めたのは、いつ頃でしたか?
  6. 13歳のときです。わたしは、ピアノと作曲を平行して習っていました。その2つは、本来なら、区別すべきものではないのですけど、日本で、音楽家になるための高校や大学への進学ということを考えると、ピアノ科か作曲科かを、自分で選ばなければなりません。専門の先生に師事するために、どちらにするのかを決めなければならなかったのが、中学2年のときでした。
  7. ピアノを専攻するというのは、すんなりと決めることができたのでしょうか?
  8. 机の前にずっと座っているのが、ちょっと苦手だったんですね(笑)。今だからこそ言えますが、ヤマハでの作曲のレッスンの課題などは、前日にあわてて書く感じでした。そういうのは、あんまりよくないな、と自分で思っていました。ピアノは、毎日きちんと、少しずつでも弾いてきていたので、そちらのほうがあっているかなと思いました。

ものすごく役に立ったアンサンブルの勉強

  1. 芸大在学中にパリ国立高等音楽院に進んでいますが、パリを選んだのはどうしてですか?
  2. 芸大に入ってから、管楽器の伴奏をする機会が増えました。管楽器のレパートリーは、フランスものが多かったので、非常に興味をもちました。それに、その頃、客員教授でアンリエット・ピュイグ・ロジェ先生がいらしてました。ソルフェージュは、彼女の授業を受けましたし、京都フランス音楽アカデミーというのがありまして、その第1回と第2回に参加しました。その時のレッスンの感じや先生たちの演奏に感銘を受け、ぜひ、この人たちと勉強したいと思って、パリに決めました。

  3. パリの音楽院では、カルチャー・ショックを受けましたか?
  4. 教え方の違いは、あまりなかったように思います。ただ、授業が、とてもアットホームなのが、日本にはない面でしょうか。レッスンは別にして、他の音楽の専門科目の授業はすごく大変でした。例えば、楽曲分析の授業は1週間に1回、3時間もあって、年齢も14歳くらいの子から20代前半の人がみんな同じクラスでした。討論というほどあらたまった形ではないのですが、みんなでいろいろ意見を言いながら授業を進めていく形でした。日本の場合は、教師の側から一方的に教えられるというのが主流でしたから、そういう授業のスタイルはおもしろかったですね。
  5. 管楽器の伴奏に関しては、なにかきっかけがあったのですか?
  6. いいえ。まったくの偶然です。たまたま入りこんでしまったわけですが、管楽器の場合、フランス近代の作品が多いですから、その響きが自分にとって新鮮でしたし、リズムだとか拍子がころころと変わるなど、すごく楽しくてすんなりと入りこむことができました。

  7. パリでも、アンサンブルのレッスンを受けたのですか?
  8. はい。室内楽のクラスを取りました。オーボエのモーリス・ブルグさんも、室内楽の先生でしたし、チェロのミッシャ・マイスキーさんの伴奏をやっていらしたダリア・ホヴォラさんというピアニストの方にもお世話になりました。思いもよらない観点から、いろいろと言われるので、アンサンブルとしてもそうですが、ソロの楽譜の見方についても、ものすごく役立ちました。とにかく、いろんな方の意見が聞けて、とても良かったです。管楽器の伴奏は、ある1人から話が来ると、その後、一気にドッと来るんですよ(笑)。「じゃあ、わたしもついでに」、「それなら、わたしも」ということだと思うんです。
  9. さまざまな楽器の方に対する対応力とともに、楽曲を準備する際には、読譜の力も問わるのではないですか?
  10. 譜読みが遅かったら、対応できていなかったと思います。

特定のレパートリーには特化したくない

  1. レパートリーに関しては、意識的に、忘れられている作品を取り上げているのでしょうか?
  2. 眠ったままになっている作品が、演奏されないともったいないですから、なんとか録音などを通じて残していきたいと取り組んでいます。参考になるものが、譜面しかないという楽曲もありますが、その場合は、今まで蓄積してきたことを駆使しながら、この時代だったらこんなスタイルの演奏じゃないかと推測しながら練り上げていく作業をしています。

  3. 作品を取り上げる際に、基準とかはあるのでしょうか?
  4. わたしが、気に入るか、気に入らないか、ということですね(笑)。例えば、モシュコフスキのCDを2枚出していますけれども、他にももっといっぱい作品があるのですが、やはり、自分で弾いてみて、第一印象で入り込めるか、そうではないかで選別しているところがあります。
  5. 珍しい作品の場合、藤原さんの演奏によって初めて耳にしたという方も多いと思いますが、どのような反響がありましたか?
  6. モシュコフスキの場合は、「楽譜はどうしたら手に入りますか?」と、よく問い合わせがあります。リサイタルの後にサイン会があるのですが、その時に訊かれたりもします。演奏がどうだったというよりも、「弾きたくなっちゃったから、どうしたらいいか」という感じです。嬉しいですね。他の人にも弾いてもらいたいから、こうしたディスクを作っている面もありますから、わたしの演奏をきっかけにどんどん弾いてもらいたいです。
  7. 例えば、ショパン弾きであるとか、フランス音楽のエキスパートといった具合に、特定のレパートリーのみに特化するといった志向とは無縁なのですね。
  8. そういった志向は、あまりないんです。ときどき、あなたは、「なに弾きなのか」と尋ねられることはありますが……。現代曲の専門家と言われるケースもあります。でも、自分としてはレパートリーに枠を設けるつもりはなくて、スカルラッティから、現代に生きている作曲家まで、いろんなものを演奏していきたいし、有名・無名といったことにもこだわらずに、枠を取り払っていきたい、という気持ちが強いですね。

レッスンで大切なのは、耳の訓練

  1. 教える立場に立つと、教える曲目がある程度固定されてしまうことはありませんか?
  2. 確かに、試験とか受験といった場合、ある程度それに対応した準備が必要になります。でも、普段のレッスンでは、あまり枠は設けません。どれだけ、いろいろな曲があるかを知っておくと、オーソドックスな曲を演奏することになっても、その曲の見方が変わってきます。だから、いろんな曲を見せてあげたいな、と思います。ただし、わたし自身が、すべてのピアノ曲のレパートリーを知っているわけではありませんから、自分が知るためにという面もあります。学生も喜んでいるみたいで、「こんな曲があったんだ」という声を耳にします。
  3. 教える立場になって、自分が受けてきた教育が役に立ったと感じることはありますか?
  4. それは、当然あると思います。と同時にやはり先生たちはわたしに合った教え方をして下さったと思います。でも、それが、そのままわたしの生徒に使えるとは限りません。そういった面では、まだまだ修行が必要です。習ってきたものを、そのまま適用するわけには、いかないですね。生徒によって、飲み込み具合も異なりますし、言葉で巧く通じる単語と、そうではないものもありますから……。役に立っている部分と、そうでない部分があります。
  5. それは、藤原さんが、生徒一人一人にきちんと向き合っているということですね。
  6. もちろん、そのように努力はしているのですが、なかなか大変な面や、うまくいかないこともあります。
  7. ピアノ指導者の方に、アドバイスをお願いします。
  8. 耳の訓練が大切です。先生が示してあげないと、生徒にはなにがいいのか、どこが悪いのかが、具体的に理解できないからです。先生自らがいい耳を持って、きれいな音できちんと弾いて聴かせて、「こういう音が出るように」と教えてあげられることが大事だと思います。難しい曲を弾く必要はまったくなくて、どんなレガートがいいのかを、きちんと示してあげることです。口だけで説明してもなかなかわからない部分があります。とくに、小さい子の場合、耳で聞く能力による発達の度合いが大きいと思うので、そういった点がとても大事であると思います。

藤原 亜美

北海道札幌市出身。東京芸術大学附属音楽高校から同大学に進み、1996年に卒業。同年、パリ国立高等音楽院を、審査員満場一致のプルミエ・プリ(1等賞)で卒業。1998年に帰国。現在、各地においてピアノ・ソロや室内楽などで、幅広い活動を展開し、東京シンフォニエッタのメンバーとして、現代音楽にも積極的に取り組んでいる。テオドール・パラスキヴェスコ、神野明、ダリア・ホヴォラ、ジャン・ケルネール、故アンリエット・ピュイグ・ロジェらに師事。ドビュッシーをはじめ、モシュコフスキ、エネスコ、ジョリヴェ、「ポーランド現代ピアノ作品集」などのディスクを、レグルスよりリリースして高い評価を獲得。東京芸術大学、東京音楽大学、尚美学園、東京芸大附属高校非常勤講師など、教育者としても活動している。